共有の検証環境で自分の設定ミスに気づいた瞬間、頭に浮かんだのは「これ、損害賠償になるのだろうか」という一言でした。
SESエンジニアとして5年以上、4つの現場で働いてきましたが、ミスをした夜に責任の仕組みまで調べたのは、この一件が初めてです。今回は、実際にとった行動と、後から調べて分かったことを、実体験を交えてお伝えします。
この記事で分かること
- SESでミスをしたとき、個人が損害賠償を全額負担する形になることが通常は考えにくい理由
- 準委任の善管注意義務が、会社と客先の間で何を求めているか
- 会社から個人への求償と、給与天引きが同意や手続で変わる点
- ミスをした日に私が取った行動と、記録の残し方・報告のしかた
目次
SESでミスをしたら損害賠償になるのか|先に結論
結論個人が損害の全額を負担する形になることは、通常は考えにくいです。ただし給与からの天引きは、同意や手続によって扱いが変わります。だからミスをしたら、記録を残して早く報告するのが一番の備えになります。
この記事は一般的な情報の整理であり、法的助言ではないので、実際に請求や天引きの話が出たときは、労働基準監督署や弁護士などの窓口に個別に相談してください。
私自身が損害賠償を請求されたことはありません。それでも、請求されたらどうなるのかを調べておいたことは、その後の現場での動き方を変えました。
3社目の保守で、検証環境の設定を戻し忘れて1日止めた話
3社目の保守改善期、参画してから9か月目あたりの出来事です。金融系Webサイトの保守で、共有の検証環境を複数人が同時に使っていました。まず、何が起きたかを時系列で書きます。
何が起きたか
月曜の夕方、私は自分の改修のテストのために、検証環境の外部連携先(疑似応答を返すスタブ)の接続先設定を別のものに切り替えました。切り替えたのは17時50分です。テストが終わったあと、元に戻さないまま退勤しました。
火曜の朝9時40分、後輩が結合テストを始めると、見積もりから申し込みへ進む流れが外部連携エラーで失敗しました。協力会社の方も同じ環境でテストをしていたので、2人分の検証が止まりました。
- 9:40 後輩が異常に気づく外部連携エラーで、見積もりから申し込みへ進めません。
- 午前 原因を探す後輩、協力会社の方、リーダーがログを追いますが、決め手が見つかりません。
- 13:25 私が思い当たる前日の自分の設定切り替えです。確認すると、接続先がテスト用のままでした。
- 13:35 報告するリーダーに口頭とチャットで、何を、いつ、どう変えたかを伝えます。
- 14:10 復旧する設定を戻して動作確認が通りました。
その後も、失敗の途中で中途半端な状態になったテストデータを戻す作業が残りました。その日のテストはほぼ進まず、結合テストの予定は1日後ろにずれました。2人分で約2人日の遅れです。本番環境への影響はなく、月2回のリリース枠にも間に合いました。
その時どう動いたか
気づいた時点で、原因の裏取りより先に、リーダーのところへ行きました。13時25分に気づいて、報告まで10分です。理由は単純で、後輩と協力会社の方が、私の設定のせいで今も無駄に調べ続けているからでした。
リーダーとのやり取りは、次のようなものでした。
原因は、私が昨日の夕方に変えたスタブの接続先でした。戻さずに帰っていました。申し訳ありません。
分かりました。戻し手順を決めていなかったこっちにも責任があります。窓口のリーダーには私から説明しておくので、再発防止を1枚だけ書いてください。
今回の遅れで、私のほうで何か対応が必要になることはありますか。
テストが1日ずれるだけです。リリース枠には間に合います。
損害賠償という言葉は、最後まで誰の口からも出ませんでした。私が書いたのは、時刻、変更前後の設定値、影響を受けた人と作業、再発防止策をまとめた事後メモ1枚です。
再発防止策は単純なものにしました。共有環境の設定を変えたら変更ログのExcelに書き、戻したら消し込む運用です。以降、この現場を離れるまでの約9か月間、同じ種類の再発はありませんでした。
夜に不安になって、調べ始めました
リーダーに問題ないと言われても、その夜は落ち着きませんでした。2人日の遅れは、金額に直せばいくらになるのか。それを請求されたら自分で払うのか。そういう考えが止まらなかったのです。
そこで、まず自社の就業規則を読み直しました。懲戒の項はありましたが、賠償額を定めた条項は見当たりません。次に民法、厚労省の資料、労働基準法を調べました。ここから先は、そのとき分かったことです。
準委任の善管注意義務は、結果ではなく「注意を尽くしたか」
調べて最初に分かったのは、SESの契約の主役は、そもそも個人ではないということでした。契約類型の違いは別の記事にまとめていますが、SESは準委任であることが多いと理解しています。
準委任の受け手(SESでは、客先から業務を受ける自社の側)には、民法644条が義務を課しています。
受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
準委任には委任の規定が準用されると理解しているので、この善管注意義務(善良な管理者の注意義務)がSESにも当てはまります。求められているのは結果の保証ではなく、通常期待される注意を尽くすことです。
つまり、システムに不具合が出たことそのものが、直ちに義務違反になるわけではありません。注意を尽くしたのに起きた不具合と、確認すれば防げたのに怠って起きた不具合は、分けて考えられます。
債務不履行と、免責の考え方
注意義務を果たさずに損害が出た場合、民法415条の債務不履行として、損害賠償を請求される可能性があります。ただし同じ415条には、契約などに照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものなら、責任を負わないという趣旨の定めもあります。
ここで大事なのは、これが会社と客先の間の話だという点です。この構造を、私は次のように整理しました。
誰が誰に対して義務を負っているか
- 客先と自社 準委任契約の当事者です。善管注意義務を負うのは自社です
- 自社と私 雇用契約の関係です。客先と私の間に、直接の契約はありません
- 私のミスの影響 まず自社と客先の契約の問題になり、個人は直接の当事者になりにくい構造です
モノリス法律事務所のSES契約の解説でも、エンジニアと客先の間に直接の契約関係はなく、通常はベンダー(自社)を経由して責任が問われるという整理でした(出典: SES契約と法的トラブル|モノリス法律事務所)。ここで挙げられていた請求のルートが、民法の709条・715条・415条です。
個人が責任を問われるルートと、会社からの求償
では、個人が責任を問われる可能性はゼロなのでしょうか。ゼロとは言えません。請求のルートを表にすると、こうなります。
| 根拠 | 請求する側 | 請求される側 | 中身 |
|---|---|---|---|
| 民法415条(債務不履行) | 客先 | 自社 | 準委任の義務を尽くさなかった場合 |
| 民法709条(不法行為) | 客先など | 個人 | 故意や過失で損害を与えた場合 |
| 民法715条(使用者責任) | 客先など | 自社 | 従業員の業務上のミスの責任を会社が負う |
715条は、従業員が業務で第三者に損害を与えたとき、会社が使用者として責任を負うという規定です。そして、会社が支払ったあとで、従業員に対して求償(立て替えた分の請求)をすることは妨げられない、という趣旨の定めが3項にあります。ここは全文を確認していないので、要旨だけ書いています。
つまり、会社がまず客先に対応し、そのあと個人に求償する、という流れは法律上ありえます。ありえることと、通常起きることは別です。
厚労省は「当然に賠償責任を負うわけではない」と整理しています
厚生労働省の労働条件ポータルは、労働者がミスをして会社に損害を与えた場合について、次のように整理しています。当然に賠償責任を負うわけではなく、事業の性格・規模、労働条件、予防措置などを踏まえ、損害の公平な分担という観点から、信義則上相当な範囲でのみ責任を負う、というものです(出典: 労働者の損害賠償責任|厚生労働省 確かめよう労働条件)。
同じページには、裁判例も載っています。茨城石炭商事事件は、会社の求償が損害の4分の1を限度とされた事案です。一方、エーディーディー事件では、会社の請求が棄却されています。
厚労省のページに載っている2つの裁判例。結論は事案ごとに違います。
この数字の読み方
4分の1は、あくまでその事案での個別判断です。ほかの事案にそのまま当てはまる基準ではありません。私は判決原文を読んでおらず、厚労省の整理に基づいて書いています。
この2つの事案から私が受け取ったのは、「いくらまで」という基準ではありません。ミスをした個人に全額を負わせることには慎重だ、という方向感です。
私の経験したミスは、設定の戻し忘れです。共有環境の変更に戻し手順がなかったという、会社側の予防措置の問題も絡んでいます。リーダー自身が「こっちにも責任がある」と言ったのは、まさにこの観点でした。
違約金と給与天引き|同意と手続で変わる点
調べていて、一番気になったのは給与の天引きでした。ミスの賠償として、毎月の給与から差し引かれたらどうなるのか、という点です。
賠償額をあらかじめ決めておく契約は禁止されています
労働基準法16条は、次のように定めています。
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。(出典: 労働基準法(e-Gov法令検索))
「ミスをしたら1回につき3万円」といったあらかじめ金額を決めておく取り決めは、この条文で許されません。ただし、禁じられているのは額を予定することです。実際に生じた損害を請求すること自体が、すべて禁じられているわけではありません。この区別は、退職時の賠償の記事でも整理しています。
天引きは、同意や手続の有無で扱いが変わります
給与からの天引きが認められる条件について、私は賃金の支払いに関する条文を今回確認していません。同意の有無や手続の取り方によって扱いが変わりうるため、一律にこう、と言い切れない部分があります。
なので、この部分は断定せず、次のように考えています。
私が決めている線引き
反省文や再発防止策には、その場で署名します。ただ、金額が書かれた書面への署名や、給与からの差し引きに同意する書面は、その場で書きません。「一度持ち帰って確認します」と言って、労基署や弁護士に確認してから判断すると決めています。
私の現場では、こうした書面を求められたことはありません。ただ、仮に求められたとしても、署名した書面はあとから争いにくくなるのではと考えています。だから急がされたときほど、持ち帰ると決めています。
ミスをした日にやること|記録を残して、早く報告する
ここまでの話を、現場での行動に落とし込みます。全額負担になりにくいことは分かりました。それでも自分を守るのは、法律の知識よりも、ミスをした日の動きです。
ミスに気づいたときの動き方
- 気づいたらすぐ口頭とチャットで報告する 私は気づいてから10分でした。時刻が記録に残ります
- 何を、いつ、どう変えたかを事実だけで書く 原因の推測や言い訳は混ぜません
- 影響を受けた人と作業を書き出す 私の場合は2人分の検証、約2人日でした
- 再発防止策を一つだけ具体的に出す 私は変更ログの運用でした
- 金額や天引きの書面は即署名しない 持ち帰って、窓口に確認します
報告が早いほど、損害は小さくなります。損害が小さければ、仮に責任を問われる場面でも、争点が小さくなります。逆に黙っていて後で発覚すると、隠したこと自体が、信義則上の評価を下げる要素になりうると私は考えています。これは条文や判例の確認ではなく、私の見立てです。
もう一つ、記録を残すことには効用があります。誰が何をいつ変えたかが残っていれば、個人の過失だけでなく、手順や体制の不備という会社側の事情も見えるからです。今回の事後メモは、結果的にその役目を果たしました。
重い保守の現場ほど、こうした手順の穴は起きやすいと感じています。保守のリリースがなぜ重くなるのかは、別の記事で書きました。
まとめ
SESでミスをしたとき、善管注意義務を負うのは契約の当事者である自社で、個人は客先と直接の契約関係にありません。会社が客先に対応したあと個人へ求償する余地はありますが、厚労省の整理では、労働者が負うのは信義則上相当な範囲に限られます。個人が全額を負担する形になることは、通常は考えにくいと私は理解しています。
一方で、給与天引きや書面への署名は、同意や手続によって扱いが変わります。金額が絡む書面は、その場で署名せず、持ち帰って確認してください。
ミスをした日の3つの原則
- 気づいたら早く報告し、時刻を記録に残す
- 事実だけの事後メモを書き、再発防止を一つ出す
- 金額や天引きの書面は、その場で署名しない
私の設定ミスは、1日の遅れで終わりました。それでも、調べてから現場に立つと、ミスの報告が怖くなくなりました。争いになりそうなときは、労働基準監督署や弁護士に早めに相談してください。




